東京高等裁判所 昭和60年(ネ)3725号 判決
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
原判決四枚目表八行目の「原告が」から同九行目までを「被控訴人は、その主張する家賃値上げについては、建設大臣の承認を得ていない(建設大臣の承認した算出方法と異なる方法で算出した値上げを主張している。)から、本件値上げ請求は無効であり、仮に値上げ請求自体の効力は左右されないとしても、承認の内容に違背している点において、本件値上げ請求額の相当性には重大な影響が及ぶものとしなければならない。」に改める。
原判決五枚目表二行目から末行までを次のとおり改める。「ところで、原価主義は公共料金決定についての法体系上一貫した法原理である。公団が賃貸する公団住宅の当初家賃は、日本住宅公団法施行規則(以下、単に「施行規則」という。)九条により、償却費、修繕費、管理事務費、地代相当額、損害保険料、貸倒れ及び空家損失引当金、公租公課を基準として定めるとされているが、この規定は、公共料金たる公団家賃への原価主義の表れであり、その法意の宣明である。従つて、原価主義の原理は、当初家賃の決定だけでなく、その変更についても適用されなければならない。前記契約書五条の(一)の各費目は、施行規則九条に掲げる費目のうち修繕費、管理事務費及び公租公課であつて、これらは経済事情の変動に伴つて増加することが予測される費目を抽出したものである(公団設立当初に用いられた契約書の該当条項には、上記の費目のほかに「地代相当額」が掲げられていたが、地代相当額は変動する性質のものではないので、これは実際に地代が支払われている場合に限定された「地代」に改められた等の経緯がある。)。契約書五条の文言の内容、それが公団設立当初のものから変更を加えられた経緯及びその趣旨、契約書文言の根拠法条を含む公団の内部諸規定が、すべて公団家賃につき原価主義に則つて組立てられていることなど、全体との整合性を持つた解釈を行うならば、契約書五条は制限列挙として控訴人らと公団との間に合意されたものと解すべきである。」
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1項の事実(公団が、原判決添付賃貸借目録一ないし三記載のとおり、控訴人らに対して、建物を賃貸したこと)は、当事者間に争いがない。
二控訴人らは、本件値上げ請求は施行規則一〇条に定める建設大臣の承認を得ないで(その承認の内容に違背して)なされたものであるから、無効であり、少なくともその値上げ請求額の相当性に重大な影響がある旨主張するので、この点について判断する。
公団の賃貸住宅について、公団とその入居者との間に設定される使用関係は私法上の賃貸借関係であると解するのが相当であり(最高裁昭和五五年五月三〇日判決・裁判集一二九号六五一頁、判例時報九七一号四八頁)、したがつて、公団はその入居者との間の賃貸借関係に基づき借家法七条一項の規定による家賃の改定を請求することができると解される(最高裁昭和五八年一二月八日判決・裁判集一四〇号六三一頁、判例時報一一〇八号八八頁)。ところで、日本住宅公団法三二条は、公団は、住宅の建設、賃貸その他の管理及び譲渡等について、他の法令により特に定められた基準がある場合においてその基準に従うほか、建設省令で定める基準に従つて行なわれるべき旨を定め、これに基づき施行規則一〇条は、家賃を変更するには建設大臣の承認を得べき旨を定めている。公団は、住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅及び宅地の大規模な供給を行うとともに、健全な市街地に造成し、又は再開発するために土地区画整理事業等を行うことにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として設立された法人であり(日本住宅公団法一条、二条)、その資本金は政府及び地方公共団体の出資にかかり(同法四条)、住宅の建設、賃貸その他の管理及び譲渡等を主たる業務とし(同法三一条)、その業務は建設大臣の監督を受け(同法五六条)、毎事業年度、予算、事業計画及び資金計画を作成して建設大臣の認可を受け(同法四五条)、また、財務諸表につき毎事業年度終了後その承認を受けることを要し(同法四七条)、利益を生じたときは、所定の積立金を控除した残額を国庫及び公団に出資した地方公共団体に納付しなければならず(同法四八条)、政府は公団の債務につき保証することができる(同法五一条)こととされているほか、所定の法令の規定については、公団を国の行政機関とみなしてこれらの規定が準用されている(同法五八条)こと等に照らして考えると、公団は、形式的には、国から独立した法人で、国の行政機関とは区別されなければならないが、実質的には、国との間に一体性を有するものと認めるべきであつて、一種の独立の法人格をもつた行政機関とも称すべきものであり、機能的には建設大臣の下部組織を構成し、広い意味での国家行政組織の一環をなすものと考えるのが相当である。
したがつて、公団は、公法人として建設大臣(国)の監督に服すべきものであり、施行規則一〇条に定める家賃変更等についての建設大臣の承認も、建設大臣がいわば下級行政機関である公団の業務運営に対する行政上の規制監督手段の一つとして行う性質を有するにとどまるものであつて、国がある行為に同意を与えてその法律上の効果を完成せしめるものではないから、右建設大臣の承認の有無は、公団の控訴人らに対する家賃増額請求の効力に何らの消長をも来たすものではなく、また、右請求額の相当性についての裁判所の判断に何らかの法的影響を及ぼすものでもない。
よつて、控訴人らの前記主張は理由がない。
三次に控訴人らの抗弁について判断する。
公団と控訴人らとの間の本件賃貸借契約書に控訴人ら主張のとおりの約定(契約書五条)のあることは当事者間に争いがないところ、控訴人らは、同条は家賃増額請求の事由を制限列挙したものと解すべきであり、したがつて、控訴人らと公団は借家法七条一項所定のその他の事由による家賃の増額請求をしない旨の合意をしたものである旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、公団とその賃貸住宅の入居者との間に設定される使用関係は私法上の賃貸借関係であり、その関係を直接規定するものは民法及び特別法としての借家法であり、したがつて、公団は原則として借家法七条一項の規定による家賃の改定を請求できるところ、同条項で増減請求できる場合として規定されている事由は例示であつて、要するに前回の借賃決定の時以来経済事情が変更した結果家賃が不相当になつたことがその増減請求の要件と解され、一方、契約書五条も、公団住宅の公的集団住宅としての性格に由来する家賃増額事由を挙げてはいるものの、約定の文言、内容等を仔細に検討すると、実質的には借家法七条一項と趣旨を異にするものではなく、同条項の適用を排除したり、同条項の規定する家賃増額の要件を特に制限する趣旨のものとは到底解されず、したがつて、右五条の約定が限定的、制限的列挙として合意されたとは解されない。
なお、控訴人らは、原価主義は公共料金の一種である公団家賃の決定についての法体系上一貫した法原理であり、当初家賃の決定のみならずその変更についても原価主義が適用されるべきであり、このことは、施行規則や公団内部の諸規定等からも明らかである旨主張するが、そもそも前記のとおり、公団とその賃貸住宅の居住者との間に設定される関係は私法上の賃貸借関係であるから、施行規則や公団内部の諸規定によつて当然に右の関係が左右されるものではない。のみならず、施行規則第九条が、賃貸住宅の家賃につき、その建設費にかかる償却費、修繕費等のいわゆる原価と目すべき数個の費目を掲げ、その合計額を基準として家賃の額を決定すべき旨を定めていることは、控訴人らの指摘するとおりであるが、同時に施行規則第一〇条は、物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき、賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき等においては、公団は、建設大臣の承認を得て、前記第九条の規定にかかわらず、家賃を変更し又は別に定めることができる旨を定めているのであつて、賃貸住宅の家賃がすべて前記第九条に定める基準によるものでなければならないとされているわけではない。もちろん、公団は前記のような公的目的をもつて設立された法人であつて、営利を目的とするものではないから、賃貸住宅の家賃の増額に当たつても、その目的に則した政策的配慮がなされるべきことは当然であるが、それ以上に特定の具体的内容をもつた「原価主義」が実定法上定立されているものとは認め難い(契約書五条の文言、それが公団設立当初のものから変更を加えられた経緯など控訴人ら指摘の各点を合わせ考慮しても、上記の判断を左右するに足りない。)。したがつて、控訴人らの原価主義の主張は、前記抗弁の論拠として採用することができない。
よつて、控訴人らの抗弁は理由がない。
四請求原因3項の事実(公団が、原判決添付目録各記載のとおり、家賃を昭和五三年九月一日から、控訴人矢箟原興一については月額一万六五〇〇円に(値上げ幅四〇〇〇円、かつこ内以下同じ)、同若菜徳則については月額一万八一〇〇円に(四四〇〇円)、同田島寿子については月額一万七八〇〇円に(四四〇〇円)、それぞれ値上げする旨の意思表示をしたこと)は、当事者間に争いがない。
五そこで、右増額の意思表示の効力について検討する。
1 <証拠>によれば、公団と各控訴人との間において前記のとおり建物賃貸借契約が締結された昭和四四年八月一五日、昭和四七年四月二七日、同年三月一五日以降本件賃料増額請求がその効力を生ずべき昭和五三年九月一日までの間家賃が改定されないまま推移し、その間、本件建物及びその敷地の価格、公租公課、消費者物価指数、勤労者平均所得等が大幅に上昇し、本件各建物の家賃は、右同日現在経済事情の変動により不相当に低額となつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 次に、各控訴人別に家賃増額の相当性について判断するに、(一)控訴人矢箟原興一については、当初家賃(昭和四四年)の月額が一万二五〇〇円であり、増額請求にかかるそれ(昭和五三年)が一万六五〇〇円であるから、この増加率は1.32倍であり、<証拠>によれば、この間の家賃指数の全国平均増加率は、2.14倍であつたことが認められ、(二)控訴人若菜徳則については、当初家賃(昭和四七年)の月額が一万三七〇〇円であり、増額請求にかかるそれ(昭和五三年)が一万八一〇〇円であるから、この増加率は1.32倍であり、<証拠>によれば、この間の家賃指数の全国平均増加率は1.68倍であつたことが認められ、(三)控訴人田島寿子については、当初家賃(昭和四七年)の月額が一万三四〇〇円であり、増額請求にかかるそれ(昭和五三年)が一万七八〇〇円であるから、この増加率は1.3倍であり、<証拠>によれば、この間の家賃指数の全国平均増加率は1.68倍であつたことが認められる。
そして、右にそれぞれ認定した家賃指数の全国増加率に対し、公団が増加請求をした増加率を対比すると、後者は前者に対し、控訴人矢箟原興一については六二パーセント、他の控訴人らについてはいずれも七九パーセントであることは計算上明らかであるから、公団の公共性、非営利性を考慮しても、本件各増額請求はいずれも有効であり、これによつて、控訴人らに関する各家賃は昭和五三年九月一日以降それぞれ改訂家賃に増額されたものというべきである。
六請求原因4項の事実(被控訴人が、昭和五六年一〇月一日、住宅・都市整備公団法(昭和五六年法律第四八号)附則六条に基づき、本件各賃貸借契約に基づく権利義務を含む公団の一切の権利義務を承継したこと)は、当事者間に争いがない。
七以上によれば、控訴人らに対し、それぞれ原判決添付控訴人別賃貸借目録「家賃未払額」欄記載の各金員及びこのうち「月別内訳」欄記載の各金員に対する「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本判決確定に至るまで借家法七条二項による年一割の割合による利息の支払いを求める被控訴人の本訴請求はすべて正当として認容すべきである。
よつて、右と同趣旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官村岡二郎 裁判官佐藤繁 裁判官鈴木敏之)